スピードにとりつかれた男 パート2
タツィオ・ヌボラーリ
彼の人生においてなくてはならない人 妻のカロリーナ
彼女とはカステルダリオのお城で開かれたお祭りで
出会いました 彼女を一目見たタツィオは彼女を
妻にすると決めました 彼女をも同じことを考えて
いました 1917年第一次世界大戦のためシチリア島から
復員したタツィオとカロリーナはカステルダリオで結婚
しました 1年後には男の子が誕生しました 名前は
ジョルジョです
1924年フィアットはレース界から撤退します
後にのしてきたのがイタリアのアルファロメオとフランス
のブガッテイでした この年タツィオは資金不足を乗り越え
自分の手でチェーンしたビアンキで四輪初優勝をします
(タツィオはビアンキ・モーターサイクルチームのメンバー
でした)
彼は叔父のジュゼッペと一緒にいたときからエンジンを
修理することをおぼえていました
1925年レース界は大惨事から幕を開けました
アルファロメオのアントニオ・アスカリがモントレーで
大事故を起こし死亡しました
モンザではアルファロメオに乗りたかった夢がかなった
タツィオが試乗中に大事故を起こします
ギアボックスが噛んでしまったアルファがスピンして
コースから外れ立木に激突しました タツィオは重傷を
負います 30日の絶対安静を言い渡されたタツィオでした
がわずか7日後にはモーターサイクルレースに出場して優勝
します 二輪での実力は認められていうというものの
タツィオはレーシングドライバーとしての地位を確かなものに
したいという思いが強かったのです そこで彼は親友でもあり
ドライバーでもあるチューザレ・パストーレや二輪出身のドライバー
ヴァルツィや やはり古くからの親友で優秀なメカニックのデチモ・
コンパニョー二らとレーシングチームをつくるのでした
1927年マントヴァに本部を置く彼らのチームは正式に公認
されました 車はブガッティです
続きは次回
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